銭湯での不思議な体験

3連休。気分転換に自然の中で身体を動かし、たっぷり汗をかく。

その後、汗と疲れを洗い流すためにお気に入りの温泉へ。そこは「温泉」と名乗ってはいるけれど、庶民的で気軽に利用できるので、「銭湯」と呼んだほうがイメージは近いかもしれない。

そこのお風呂場で、知った人によく似た人を見かけた。

本当にその人なのか、見ただけでは確信が持てない。

相手がよく知った親しい人であれば、声をかけて確かめることができただろう。

しかし、私が「あの人、もしかして・・」と思い当たった相手は、仕事をしている姿しか見たことのない程度の関係。プライベートのことは一切知らない。相手がどこに住んでいるのかも、普段どんな服装や行動をするのかも知らない。

何より、その人とはずいぶん長い間会っていない。私が知っているその人の姿は数年前のままで、今どんな姿になっているかはわからない。

そして、ここはお風呂場。裸でくつろいでいる他人を、あまりじろじろ見ることもできない。

よって、とても気になりつつも、「もし相手が本当に知り合いだったとして、そこまで親密でもない関係の人に、数年ぶりに、風呂場で、お互い裸になっている状況で声をかけられたら、自分だったらちょっと気まずいし恥ずかしいだろうな・・・」といったことを考えてもやもやと過ごし、結局相手に声をかけることもかけられることもなく、不思議な入浴時間は終わった。

帰ってからも、その日の不思議な体験が気になって思いを巡らせたが、あのときの相手が100パーセント知り合いである「その人だ」という確信が持てたとしても、声をかけないのが正解だろうと結論づけることにした。

人には、さまざまな面やモードがある。仕事をしているときのモード、親しい人と一緒にいるときのモード、ひとりでいるときのモード・・・etc.

同じ「仕事モード」でも、同僚や上司に対するモードと、顧客や取引先に向けたモードだと全然ちがうだろうし、ひとりでいるときのモードだって、勉強や読書をしているとき、電車に乗っているとき、家で食事やリラックスをしているときなどでは、内面的な気持ちはもちろん、表に現れる姿勢や表情なども変わるのではないだろうか。

その人がこれまで私に見せていた姿も、「〇〇さん」という人のモードのうちの、ほんの一部のはずなのだ。

温泉や銭湯は、パブリックな場所であると同時に、裸で思い思いにくつろぐプライベートな場でもある。まずは自分が、日常から離れたリラックスモードに集中することにより、「声をかけ、互いのリラックスモードを中断する」という選択を消し、双方のリラックスモードを最後まで保つのが、「この場のマナー」ということにしておきたい。